梅雨のあとさき

        *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
         789女子高生設定をお借りしました。
 


ぱきーっと晴れればそれなりに、
小汗をかくほどの暑さがやっても来るけれど。
ちょっとでも陰った日の朝晩なんぞは、
剥き出しの肌なんぞが ふるるっと来るほど冷えることもある。
何だか変だった春のこれも名残りかしらね?
いやいや、そうでもないでしょうよ。
衣替えの後にカーディガンがほしくなる日もあったのは、
例年のことじゃなかったですか? なんて。
他愛ない会話を交わすクラスメートらのお声を、
聞くということもなくお背
(せな)で聞きつつ、
早々と着いてた席からぼんやりと窓を見やる。

 “…微妙な空ですよね。”

袖が短くなっただけじゃあない、
ブラウスにあたるトップスのカラリングも濃色から白へと変わった。
いかにも夏向きの感のある、純白のセーラー服が青葉に映えて眩しいと、
道行く人々が日頃以上に視線を寄せてくる、
某女学園のお嬢様がたのいで立ちの変化は、だが。
ホントのお天道様をまで陥落させるには至らぬか。
初夏らしい陽射しで照らして来たかと思や、
その翌日にはどんより曇っての、しかも肌寒い風も吹いたりし…と。
逆にすっかりと翻弄されているのが、何とも歯痒いことであり。
でもまあ、半袖といういで立ち自体は、
この春の破天荒さの中、既に着ていたトップスでもあり、
いきなり剥かれて寒い…というよな感慨は薄い。
半袖といっても今時には少しほど長いめで、
小柄な子では肘に届くほどというバランスの袖口から、
お友達からの感化もあってケアの行き届いた可愛らしい肘を覗かせつつ。
お行儀は悪いが、そのまま頬杖ついて窓の上をばかり見上げてしまう平八が、
微妙にその童顔を曇らせているのは。
雨というお天気に、あんまりいい思い出がないからで。

 「……。」

正確に言うと、本人の身の上への思い出という意味じゃあない。
特に“雨女”ということもなく、
楽しい行事ほど雨に祟られた覚えばかりなんてな身じゃあなし。
だというのに…どうしてだろか、
雨が降るといつも胸が塞がれるような気分になった。
あ〜あ鬱陶しいなと思うだけなんてものじゃあない、
胸がひしがれての泣きたくなったり、
気持ちがやたら沈んでの反動、
日頃以上にはっちゃけて、何かしでかさにゃあいられなくなったりし。
そのくせ、雨脚の向こうを透かし見ようとでもいうものか、
手隙になればそのまま、窓への視線を外せなくって。

  あのお人と出会うまで、
  それがどうしてなのかが判らなかった。

それは豪放磊落で、
どんな窮地へもその懐ろの尋の深さから笑って対処してくれる。
そんなゴロさんと、今世で再び出会ったその途端、
気欝の理由は朧げながら判ったものの、

 『…勝手に先に逝ってしまわれて』

痛みがはっきりした輪郭を持った分、
その鋭角な角っこがより痛くなったのがくせ者で。

 “……ま、今更 何言ったって始まらないんですけれど。”

むしろ、こうして“再会”出来た今となりゃ、
色々と覚えていたあれこれも、
そんな奇跡への呼び水だったのかもと、
安直ながら納得してもいるほど…な筈が。

 “…これもまた、
  おセンチな女子仕様に生まれついたせいでしょうかねぇ。”

雨と空と、そのどっちもが、
胸へとひりひり痛い何かを招くのは変わらない。
雨が嫌いなのはそんな中での戦いで大事な人が先に逝ったから。
そして、空へと視線を誘
(いざな)う使者でもあったから。

  ―― 前世の“生”の記憶というのが問題で

そこでは空を舞台に凄絶な戦さが何年も何年も繰り広げられていた。
自分は宙へと飛び立つ仲間を見送り迎える立場で、
直接の叩き合いをした訳じゃあなかったが、
すぐお隣りに死神が絶えず居るような、
死線に立たされていた環境というのはお互い様で。
長かった大戦がそれでも生きてるうちに終われば終わったで、
微妙に収拾がつかぬ、どこか荒んだ空気の中に生きた身なのも同じこと。

  戦さなんて殺し合い、
  終わった方がよかったには違いないが

ただただ戦えと特化されてた軍人たちは、
その戦さが終わった途端、浪人という形で野へ放たれて。
死にはぐれた彼らの中、
“侍”という形にまで行き着いてた者らほど、
うつむかぬ姿勢のよさが祟り、空が恋いしと還れぬ宙をばかり、
月が星がと誤魔化してでも、しきりと見上げていたものだから。

 “雨なんてのは、格好の言い訳になりますもんねぇ。”

かくいう自分もまた、あの戦さの途中で命が絶えた存在なので、
誰が生き残り、どんな空を見上げたかまでは知らなかったけれど。

 『白百合のお姉様、また窓を見ていなさる。』
 『雰囲気があってお素敵よねぇvv』
 『紅バラのお姉様も、一人でおいでのときはお空を見てなさるのよ?』
 『そうそう。金の髪がけぶって、それは神々しいのvv』

下級生たちのそんなお喋りをよく耳にしたところから察するに、

 “シチさんや久蔵殿も、似たよな感慨をお持ちだったようですし。”

ほわわんと柔らかな頬、少し強めに手のひらの台座へと押しつけて。
自分らの心騒がす、それはそれは憎たらしいお空を、
じいと見やっておいでの赤毛の君もまた、

 「ひなげしちゃんたら元気がないわねぇ。」
 「雨が降りそうなせいじゃない?」
 「そうか。あの子ったら、雨が降ると元気がなくなるんですものね。」

日頃の溌剌とした笑顔が消えるの、
上級生のお姉様がたから、そんな風に案じられていると、
ほんの少ぉしでも知っているやらいないやら。

 “少なくとも俺たちには筒抜けなのだがな。”

口数が少ないせいで、
実は一人称が“俺”なんていう勇ましさだってこと、
親友たちや限られた男衆たち以外の、誰にも気づかれてないプリマドンナさんが。
窓辺の席、心なしかしょぼんと肩を落とした友を見やる。
そういや自分もワケもなく空が恋しかったが、
今では 地にあってこその大切なものがいっぱいなので、
さほどに恋しいとまでは思わぬのだが。

 「…あ、キュウゾウ殿、おはようございます。」

さすがに真横にまで至れば、気配で気づいたか。
頬杖から顔浮かせ、にっこし微笑って見せた赤毛の友であり。
それへ“ん”と、短く顎ひいて見せての目顔で“me too”と示せば、
もうもう相変わらずなんだからと、目許をたわめての苦笑が返る。
横座りとなってこちらの動作を追う彼女のすぐ後ろの自分の席へと、
指定の学生かばんを久蔵が置いたそんな間合いに、

 「…おはようございます。」
 「ごきげんよう、草野さん。」
 「お姉様、ごきげんよう。」

後ろ側の戸口付近がほのかにざわつき、
やっと到着かとこちらの二人も気がついた。

 「おはよう、ヘイさん、キュウゾウ。」

他の人々へは丁寧だった口調をころりと崩しての親しげに、
霞がかかって見えるほど、きめの細かい白い肌の頬 ほころばせた彼女こそ。
今現在のこの女学園で最も有名なとされる、仲良し三人娘の最後の一人。

 「おはよう、シチさん。」
 「………。(頷)」

今日は時間がなかったものか、それとも編み込むと跡がつくのを嫌ったか、
つややかな金の直毛を、ただのツインテールに振り分けていて。
特に緩んでなんかない、ともすりゃ きりりと清冽な造作の顔容。
だっていうのにどこか甘い柔らかさの中、嫋やかな色香を僅かに覗かす、
そんな風貌の彼女が…微妙に緩ませた結いようで束ねておれば。
至って地味な髪形のはずが、

 「どうしてああも絵になるのかしら。」
 「ホントよねぇvv」

後れ毛がちかちかと燦くのがまたステキと、
少しほど曇りがちな日和だというに、
その姿自体がほのかな光を帯びて見える金髪娘を、二人も揃えた一角は、
さながら、穹から降りて来た天女さまたちが寛ぐ陽だまりのよう。

 “芋けんぴや豆大福がお好きな女神様も有りでしょかしら♪”

こらこらヘイさん。
(苦笑)
そんな言うほどに、微妙にアンニュイだった風情もどこへやらの平八が、
そちらは久蔵のお隣の席へと落ち着いた七郎次へ向けて、

 「そうそう、シチさんたら何ですよ。朝っぱらからのあのメール。」
 「……。(頷、頷)」

久蔵にも同じものが届いたらしく、そうだそうだとお顔を揃えて頷く二人へ、

 「だってだってさ。」

途端に聖女様のお顔が、もっとずんと年下の子供のように頬を膨らかしてしまい、

 「聞いてよ、二人とも。
  勘兵衛様ったら、
  こないだのマドレーヌ、
  父の日のプレゼントの予行演習だったのだろなんて言い出して。」

 「あちゃあ、何ですかそりゃ。」

 「……。(酷、悪)」

呆れた平八の隣から、久蔵もお顔を顰めて見せており。
そんな二人からの共感ぶりから、力もらった白百合の聖女様。
そちら様も夏服の袖から出してた、伸びやかな白い腕のその先の先にて、
ぐっと力込めての小さな拳を胸元に固めると、

 「だから、今度はロールケーキを作ってって、
  こんなのも作れるんだ、どうだまいったかって、言ってやろうって。」

こないだの挑戦でも、生地自体は上手にふんわり焼けたでしょう?
ただ、巻き込むのに臆病になり過ぎて、なかなか形が整わなかっただけのこと。
そんな風に力説する七郎次へ、

 「……。(頷)」

寡黙な元剣豪殿が やけにうんうんと頷いており、

 「なになに、久蔵。もしかしてあなたもリベンジしたかったとか。」
 「……っ。(頷)」

くっきり頷いて、しかも自分の胸の前にて何か絞るような、
それにしては両手とも同じ方向に ぐっと握る仕草をして見せたので、

 「…のり巻きと同じと思えばいいのだと?」
 「あ・そっか、その手があったんだ。」

平らで薄目のスポンジケーキを前にして、
あまりにふかふかに焼けたればこそ、力加減をどうすりゃいいかが難しく。
ああでもない こうでもないと3人掛りで転がしてみちゃあ、
ひびを行かせたりクリームをはみ出させたり。
どうにも立派とは言いがたい出来が続いたもんだから、
已なく マドレーヌが上手に焼けたのをゴールとした彼女らだったが。
それへのリベンジを構えようとのメールが飛んで来たのが今朝早く。
そして、どうにも上手に出来なんだところへの対策が、
今の今、案外と早くに見つかったワケで、

 「だったら巻き簾で練習すりゃあいいんだ。」

ポンと手を打った赤毛のひなげしさんの向かい側、

 「まきす…ってなに?」

寡黙な紅バラさんの胸のうちならあっさり酌めるのに、
何でそういう手前でつまずくんでしょうね、このお人はと。
家庭科関係へは見かけによらずあちこち足りない白百合様へ、

 「……。////////」

そんなシチって何だか可愛いと、
やっぱりぽうと頬染めた久蔵だったのもまたお約束。

 「…とりあえず、じゃあ今日の帰りにウチへ寄ってくってコトで。」
 「うんっvv」
 「……っ。(頷)」

 材料は桝屋さんで買ってこうね。
 小麦粉や卵ならウチにも余分がありますよ?
 でもだって、明日の分とかまで、
 ゴロさんとしちゃあ見越してらっしゃるのかもしれないじゃない。
 玉子は…。
 あ、うんうん。ラフティの有機玉子でしょ?
 あれって凄いのよねぇ、箸で黄身が摘まめるんだって。
 ……。
 え? 久蔵はどんな玉子の黄身だって摘まめる?
 うあ、前ン時に比べて器用さに磨きがかかったねぇ、久蔵殿。

それよりもどうして、
何にも言ってない前から あの無口な紅バラ様こと久蔵さんの、
思うところをスラスラと、
手に取るように読めてしまえる白百合様こと七郎次さんなんだろか。
あまりの綺羅綺羅しさから、
ついつい遠巻きになってしまうクラスメートたちにしてみれば、
そっちの方がいつもいつも不思議でならぬ。
ああまで神秘的なバラ様のお心が見える、
そこが“天女様、聖女様よ”と呼ばれる証しか、

 “干し芋の最後の1個、半分こする仲ですものね。”

それは冗談だとしても、
前の“生”からも持ち越した相性ですもの、
通じなくってどうしますかと。
そちら様への聞き耳も、
ちゃんと立てておいでの抜かりのないヒナゲシ様。
とはいえ、ここのお嬢様がたは本物なので、
余計な深読みなぞ要らないか、
むしろ苦笑ばかりが絶えなくて。

 ――なんですよう、ヘイさんたら。
    ………。
    ほら久蔵殿も、むっつり笑いばかりしてって仰せです。

それを言うなら、
むっつりスケベがするのが思い出し笑い…ってんでしょう?と。
二人がかりでよくも言いましたねとの叩く振り、
延ばされた二の腕の柔らかいところへと陽があたり、
あら、晴れて来たようですねと、
そちらへ気を取られたお嬢さんがたの手元の下で。
机に下げられたカバンの柄の端、
てるてる坊主のストラップが、昔日と同じように笑ってた。






    〜Fine〜  10.06.09.


  *ごきげんようというご挨拶は、
   別れ際に使うものではないかと聞かれたのですが、
   こんにちはとして使っても支障はないのだそうです。
   その場合は、
   このあともご機嫌よろしくいてください、ではなく、
   ご機嫌よろしくって?という呼びかけなんでしょうね。

  *前回のお話では、
   結局ロールケーキにまで至らなんだお嬢さんたちでしたが、
   今度こそはのリベンジを構えるらしいです。
   ベーキングパウダーを入れない分、
   メレンゲを湯煎しながら よ〜く泡立てて、
   つぶさぬように粉を混ぜるのが大事なポイント。

   「島田に食わす分へは。」
   「ダメですよ、久蔵。
    いくら辛党の勘兵衛様でも、
    キムチの入ったケーキはおイヤなはずです。」

   “イヤとかいう以前の問題なのでは…。”

   シチさんを困らせれば、久蔵さんが要らぬ方向へ燃えるので、
   勘兵衛殿にはそこも慮みてほしいと思うゴロさんと、
   自業自得ですと、
   ワサビさえ詰めかねぬ ヘイさんだったりするのであった。
(笑)

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